株式会社安岐水産

【食とわたしの想い出①】焼魚が食べたいです

ぷちエッセイ

「えーっ、今日さかなーっ?」

子供の頃の僕は、学校が終わると友達と競うように帰宅し、玄関にランドセルを置くとすぐ「〇〇公園で遊んでくる!」と叫び、台所にいるであろう母の「ちょっと待ちなさ…」くらいには玄関を飛び出して走り始めているような子供だった。
うちが田舎だったこともあり、今より外で遊ぶ子供は多く、初めてのレアポケモンも僕は外で捕まえた。そんな僕が家に帰る合図にしていたのが腹時計だ。

母の料理は美味しかった。
みんなそうだと思うが、それを食べてでかくしてもらったのだから美味しいに決まっている。
おふくろの味とはそういうものだろう。
ただひとつ、当時の僕がどうしても気に入らなかったのが「魚料理」だった。
焼いていようが、煮ていようが、揚げていようが、とにかく嫌いだった理由は単純で、味とかではなく「骨をよけて食べるのが面倒くさいから」だった。
なぜなら、当時母が躾の一環として食事の仕方に厳しく、特に魚の食べ方には煩かった。

1、ヒレを取る
腹ビレは最初に身から外して食べやすくする。外したヒレ等はお皿の端にまとめておく。

2、中骨に沿って箸を入れる
中骨に沿って箸先を入れ、頭から尾に向かって背中側と腹側の身を切り離しておく。そうすると身が剥がしやすくなり、きれいに食べることができる。

3、頭の方から尾にかけて食べていく
頭の後ろから尾に向かって一方向に食べ進める。背中側が食べ終わったら、腹側も頭側から尾に向かって食べ進める。

4、中骨を取る
中骨と下の身の間に箸先を入れて骨を浮かせ、箸で尾の骨を折って身から外し、頭をつけたまま中骨全体を外す。外した骨は半分に折り、皿の隅にまとめる。小骨なども一緒にまとめる。

5、上身と同様に頭の方から尾にかけて食べていく
下身も上身と同様に頭の後ろから食べ始め、箸を進めていく。尾に辿り着いた時、お皿の中央がきれいだったら、上手に食べ終えたと言えるだろう。

今でも頭に残っている当時教え込まれた食べ方で、この基本ルールを守っていれば大体の魚はきれいに食べることができるのだが…面倒くさいので心の底から嫌いだった。
お腹ペコペコの小学4、5年生は、カレーライスやハンバーグをかきこみたいものだ。
そんな気持ちもあり、魚料理の時はずいぶんと酷い言葉を母に言った記憶が残っている。

そうして中学、高校と進み、思春期によくある親子の日常を経て、進学と同時に1人暮らしを始めた僕は、それっきり親と暮らすことはなかった。
1人暮らしはものすごく快適で、いつ起きても、いつ食べても、いつ寝ても自由である。
自由最高。
こうして僕はまともに焼魚を食べることがなくなり、親元から離れたまま就職。
実家を出てから約7年ほどの時間が流れた。

***


ある日のことだ。
職場の上司と同期数名で昼食をいただくという機会があった。
テーブルに着き、皆でメニューを見ていると上司がその時旬の秋刀魚定食を薦めてきた。
「美味しそうですね!いただきます。」
同調圧力なのか、上司に気に入られたいのか、空気を読んだのか…同期も含めた全員で秋刀魚定食をいただくことに。

目の前に焼きたての秋刀魚定食が運ばれてきた。
1尾という本格的なものは約7年ぶりの焼魚。
不思議なことに嫌という感覚はなく、僕は腹ビレを取りお皿の端にそっと置いた。
中骨に沿って箸を入れたら、後は驚くほど自然に皆と談笑しながら美味しく食べ進められた。
身体が覚えているのだ。

すると上司が「魚、すごくキレイに食べるよね。感心したよ。」と言い、魚の食べ方についての話題でかなり盛り上がった。
それからと言うもの、これまで苦手なタイプだと思っていたのが嘘だったかのように上司との関係が良くなった。
こんなことがきっかけで事態が好転するなんて、人生わからないものだ。
そして母に感謝した。

それからのことだ。
僕はなぜか、定期的に焼魚が食べたくなった。
子供の頃、あれほど嫌いだったはずなのに本当に不思議だ。
ただ困ったことに食べたくても簡単には食べられない。
男の1人暮らしにとって焼魚、それも一尾焼きたてとなるとなかなかにハードルが高い。
ある時、どうしても焼魚が食べたい僕はネットで調べ…自分で焼いてみることにした。
結果は散々…。
こうして僕は、25歳になってあらためて母の有難さ、当たり前だった日常は決して当たり前ではないということに気がついた。

***


そうして月日は流れ、2023年。
これまで当たり前に食べていた秋刀魚も年々獲れなくなってきて、ここ瀬戸内の海でも獲れる魚が減少している。
この先も当たり前のようにお魚が食べられる未来の為、今の僕たちに何が出来るのか。
それを考え、実行し、日本人が古くから培ってきたお魚を食べるという文化を、次の世代につなげていきたい。

母が僕につなげてくれたように。

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